戦争画

2019.09.05
丹波春秋未―コラム

 少女雑誌の挿絵で竹久夢二らと共に名を残す蕗谷紅児の出身地、新潟県新発田市の記念館を訪ねた時、日の丸戦闘機の操縦席に座る目元ぱっちりの美少年が目に入り、哀しい気持になった。

 相原求一朗の特別展を故郷の川越で観た時は、出征の朝、兵士が不安そうな顔でゲートルを巻いている、自分を描いたらしい絵に出会った。また先日、東京国立近代美術館で観た岩田専太郎の「小休止」は、部隊の兵士らが煙草をくわえながら立っている、冷徹な目の男臭い絵だった。あの妖艶な美女の作家が、かなり強い意思を持って描いたのかと、しばし見入った。

 藤田嗣二の「アッツ島玉砕」では、押し寄せる波しぶきの前で、おびただしい数の兵士が死闘を繰り広げている。陸軍は死者を描くのを嫌ったそうだが、藤田の「やってやろうじゃないか」という気迫のようなものに押し切られたのか。その点、「娘子関を征く」など小磯良平の作品には写実に徹した静けさがある。

 錚々たる作家達が大勢駆り出された戦争画。陸軍美術協会が主催する展覧会には観客が列をなし、藤田の絵の前は膝をついて祈り拝む人でいっぱいになったという。

 当時の雑誌に出た派遣画家の座談会では、藤田らが随分勇ましい発言をしているが、実際のところ、胸の内はどうだったのだろう。(E)

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