まだ見ぬ神事求めて

2014.07.19
未―コラム記者ノート

 先日から縁あって、篠山・大山地区の一風変わった神事を連続して取材した。二宮神社の「湯立て」と、蛭子神社の「村祈祷」―。
 「湯立て」は、釜で沸かした湯を浴びて、家内安全や無病息災を祈る神事。結界内に3つの釜を設置し、薪を燃やして湯を煮えたぎらせる。宮司がその釜の湯に浸した熊笹の束を大きく左右に振って、居並ぶ氏子たちに飛沫を浴びせるというもの。
 「村祈祷」は、神殿に110本のろうそくをともし、ろうそくの炎を見つめながら、村内安全や五穀豊穣を祈る神事。氏子たちは、ろうそくが燃え尽きるまでの約30分間、その場に直立して炎を見守った。
 いずれの神事も神秘的で魅力的だった。古いたたずまいの神殿に巨木が立ち並ぶという、鎮守の森のロケーションとも相まって、日頃はみじんも感じることのない神の存在を意識できたひと時でもあった。
 「人の住むところに歴史あり」。歴史とともに伝わる神事を今もなお、ひっそりと継承している集落が篠山市内にはまだまだあると思う。そんなまだ見ぬ神事を求めて、取材をしていきたい。(太治庄三)
 

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