丹波篠山市教育委員 山本恭子さん(丹波篠山市)

2023.10.01
たんばのひと

山本恭子さん

「何があっても生きて」

小学校のPTA会長を務めたことが縁で丹波篠山市教育委員に就任して丸3年。「月並みだけれど、子どもたちや保護者、地域、マイノリティーの人々など、いろんな人の意見を教育行政に届けたい」とほほ笑む。

大阪市出身。大学卒業後、NTTドコモに就職し、携帯電話の普及に東奔西走した。

5年間勤務した後、利益追求ではなく打ち込める専門職に就きたいと退職。精神保健福祉士の資格を取得して精神科がある病院などに勤め、精神障害がある人の生活支援を担った。「退院の援助に、就労の支援から家探しまで。大変な仕事だったけれど、患者さんもスタッフもみんなが家族のようで本当に楽しかった」と振り返る。

患者の支援で訪れたのが丹波篠山だった。その美しい自然に感動して15年前に移住。「春はウグイスが鳴き、夏はすがすがしい気持ちに。秋は空気が気持ち良く、冬は美しい雪。良い人ばかりで文化も素晴らしく、知れば知るほど好きになっていく。いまだに朝起きるたびに幸せな気分になります」

「死ぬ1秒前まで仕事をしていたい」というほどの〝仕事人間〟が変わったのは、夫と子どもたちの存在。「自分よりも大事な人ができたことで、子どもたちのために自分がどうあるか、地域にどうあってほしいか、という考え方になった」と話す。

地域の子どもたちには、「自然の中で生き物たちに触れ、体を動かし、よく寝て、よく食べることが大事。そして、予測不可能と言われる時代にあって、何があっても生き抜いていける人になってほしい」と願う。

三田市のスクールソーシャルワーカーも務める。趣味は少林寺拳法。51歳。

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